お見合いパーティー 大阪のようなすばらしい広告をつくろうと、コピーやアートでの創造性に多くを期待することは大きな間違いです。
この誤りは、平均的な媒体決定を基準にすることによってさけられますし、付加価値としてのコピーやアートからの平均以上の成果を論ずることによってさけられます。
大方の広告主は、この面で、その出来ばえは平均以上であると思っています。
・・・といっても実際はわずか半数だけが、平均以上の出来ばえなのです。
ある有能な重役は、自分の好みに合った他社の広告をよく見るものですが、もし、それが印刷物だと切りとっておき、コマーシャルだとそれを書きとめておきます。
そして彼は、社内の広告部か広告代理店に、その印刷物や記録を送るか、あるいは社長か常務会に呈示して、次のコメントを必ずつけます。
「わが社ではどうしてこうした広告ができないのか!」
彼はミス・・・分析しないで模倣することをおかしたことになります。
こうした過ちはよくやるものですね。
なぜならば、私たちが他人の行動にもとづいて行動したり、話したり、考えたりすることを、大多数の人は認めています。
それが学びやすく、手取り早いからです。
それはまた、話し方の学習法でもあります。
事実、文明というものは、大方が模倣を基調として発展してきているではないでしょうか。
ある世代が理想的な結果に到達する方法を学ぶと、次の世代がその行動を模倣する。
新しい仕事を手がけるとき、そのやり方を見習い、質疑をくり返し、以前どのように仕事をしたかを学ぶのです。