陰陽五行の占い
天地盤に具象化された各種の関係は、支干陰陽五行説をさらに複雑化させました。
その一方で、太陽・月宿が季節を支配し、北斗が人の命運を主るという考えと結びついて、天地盤の組み合わせで人事・農事などを占う各種の式占が生まれたのです。
その一つが汝陰侯墓の「六壬盤」ですが、これにはまだ天盤に十二月将や十干十二支が刻されていません。
ただし、太陽の月度とニ十八宿の関係は前漢代の実際の運行にほぼ一致し・・・
成家徹郎氏は、これは占星盤で、秦代の竹簡の「日書」にみえる、月宿による吉凶判断の発達したものではないかとされます。
天体の実際の運行を忠実に具象化した占星盤からそれと遊離した堪輿盤への発展は、天地盤の諸関係による堪輿家の説を発達させました。
しかし、造作を忌む当梁年のように、堪輿盤を用いながら六壬式占に含まれないものもあり、六壬式占は、堪輿家説がある一定の条件を備えるに至って、成立したものといえるのではないかと思われます。
・・・その原初的な姿は、後漢の趙曄撰『呉越春秋』に見出すことができます。