ピアニストの病気

腕を鍵盤の位置まで上げ、その状態を保っていれば、何の運動を行なわなくとも疲労がきます。

そのためには、僧帽筋、三角筋という首、肩、背中にわたってはたらく筋肉の支えを必要としているからです。

肘を下へ落していても肘先に手の重みをかけるということは、前腕には、つねに筋肉の静的収縮が行なわれています。

これはピアノを弾くためにはあまり必要のない労力なのに、現実にはほとんどつねに、そういった筋肉の静的収縮のもとにピアノを弾いているのです。

そしてまた、動く指、強靱な打鍵をすることのできる指の訓練をしているのです。

この状態が、ピアニストの病気として問題になっている、頸肩腕症候群をひきおこす土壌となっています。

そのような状態で長時間ピアノを弾き続けていれば、手の小さい人や、筋肉の弱い人に障害がおきるのは当然なことといえましょう。

頸肩腕症候群といわれるものは、単なる腱鞘炎ではなく、本来は先に述べたような状態(上肢の挙上、保持状態)で、指を反復使用する作業に多発している職業病です。

以前は、キーパンチャー病といわれたものです。

これは手-腕-肩-背中にかけて痛みが出、ピアニストがこの病気になったら、再起不能といわれるほど、治りにくいものです。

それを防ぐためにも一番大事なことは、つねに完全弛緩状態においてピアノを弾いていくことしかありません。

正しい音楽教育をしよう

素晴しい音楽の世界に憧れて、ピアノのおけいこをはじめた人々が、苦しさのみで終ってしまうことがよくあります。

これは、ピアノを弾くことの基礎が間違っているためだということを、つくづく感じさせられます。

ピアノほどむずかしい楽器を、才能教育のもとに幼児に無理じいしたり、はやく上手に弾かせようと先を急ぐため、基礎にこそしてあげなければならない土台作りがなされないのです。

そればかりか、間違ったところへいってしまうからなのです。

ピアノ教育にあたるすべての人は、この基礎教育の重大さが分って、みなが正しい音の認識をもって、指導にあたらなければならないことを痛感します。

完全弛緩の感覚が命

アレクセーエフ著『音楽作品の研究』には、このようなことが書かれています。

『われわれが「自由」と呼ぶものは、筋肉のあらゆる緊張がとれた状態でなく、運動の妨げになる余分な
緊張がとれた状態である』。

これは実際には分りにくく、運動感覚でいくと、力の抜き方、腕の使い方、ということになります。

しかし本当は、その必要な緊張とは動きが作るものではなく、頭の命令が作るものであり、音への要求によって、自然に肉体が反応する緊張なのです。

そしてそれは、完全弛緩であるからこそできることなのです。

ピアノの演奏で絶対に必要なことは、完全弛緩の感覚を失わせてはならない、という一語に尽きる、といっても過言ではありません。

完全弛緩であるからこそ、指先に意識をもつくことができ、手、腕、は自由にはたらけるのです。

頭の命令のままに、生きた機械のように、巧妙に、迅速に、目的を果たせるのです。

技術が先に立つと上記のような言葉となり、それは非常にむずかしく、とくに練習途上の学生には解らない言葉となります。

完全弛緩のもと、頭が先行していけば、その緊張は自然に得られることで、音楽を考えることによって解決していくのです。

ピアノは完全弛緩であったならば、心の欲するさまざまな音質、音色が、指先の微妙な触覚によって鍵盤に直通していき、自分の心が直接ピアノに移ったかと思われるほど、深く感情移入することができます。

また、いっさいの暴力的なものなしに、腕全体を使った呼吸による音、最大のヴォリューム・大地のごとく太い音をも出すことができるのです。

そして、すべての音は、意識の中にとらえることができます。

意識された音は透明度が高く、気品があり、動きは繊細に、演奏は精神的になります。

動きから入った人は、すべての音を意識する、などのことは不可能だと思っているようですが、これは、入り方の違い、頭の使い方の違いによるのです。

そしてこの方法だと、どんなにらくに心にかなった演奏ができ、自分で音楽を再創造していく喜びに心が満たされるか分らないのです。

ピアノで心を表現するには

リーベルマンのいう弾き方だと、指先の発音をもとにした中枢神経のはたらきは活発になりません。

しかも動きの訓練と、強靱な指のためのトレーニングを毎日のように必要とするのです。

手の重みを指先にかけての訓練のため、指先の感覚は失われ、心は指先に直通しません。

そのため、多彩な音づくりや、微妙なニュアンスなど、心の表現がひじょうに困難となるのです。

そして、完全弛緩であったならば絶対疲れることのない、カンティレーナにおいてすら、疲労をうったえることになります。

ほかにも腕の処理の問題は随所に出てきます。

重みをかけてはいけないpや、レジェロの時は、前腕は浮いた状態で弾くこととなるので、腕の重みを感じなくならなければいけないとか、腕は空中に漂うように保つなどの、むずかしい言葉が出てくるのです。

リーベルマンの言うことには

この方法は、腕の弛緩ばかりではなく、手のかまえもすべて取る、というそのことが大切です。

これは音から入るからできることであり、いわゆる奏法から入ると、完全弛緩は得られないのです。

それゆえ、リーベルマン著・林万里子訳の『現代ピアノ演奏テクニック(音楽之友社)』のような、よく書かれた本ではあっても、基本の奏法に関する部分やその訓練方法は、弾くこと主体の動きのメトードゆえ、「音」から入る『頭で弾く』奏法とは相入れないこととなります。

ピアノのタッチとは、頭からの指令が指先にはたらいてタッチをつくっていきます。

その感覚の養成には、つねに頭をはたらかせ、積極的に頭と指先との正しい関係をつくっていくことしかないのです。

しかし、リーベルマンは演奏テクニックの基礎において、こんなことを述べています。

『現代の演奏テクニックの基磯なるのは、いわゆる(ピアノ)タッチである。

ここでタッチというのは、指先を通して自由に動かされる手と、鍵盤との間の連続的な結合の感覚を意味する。

言いかえると、これは手全体を鍵盤において「動かせる」こと、自由な手の重みを用いて音を作り出せることである』。

そのためは、『指が鍵盤を支えている感覚なしには実現できない』と、その基礎の重大さが述べられています。


そして『自由な手により鍵盤を支える感覚を失わないようにして、生徒に強靱な指の打鍵法を学びとらせること』の方法が書かれていますが、この方法は、腕の重みを指先にかけることによって、腕の力を抜きながら腕全体の音を出させるためにはよい方法です。

とくに堅くなった腕を、指とともにはたらかせるには大変効果があります。

しかしこれは内部からの弛緩、ここでいう完全弛緩とは似て非なるもの、つまりつくられた弛緩なのです。

ピアノを弾く腕の重みは全部下へ

完全弛緩状態においてピアノを弾く、ということ。

これは、真直ぐ伸びた腰から背骨を中心に肩からストンと落ちたその腕は、前腕の重みも肘の方へ抜き、手のかまえもすべて取り除いた自然な「休め」の状態で、指先の意識のみで弾くことなのです。

ということは、指先を使うために、本当に必要な筋肉のみしか使わない、ということなのです。

これで弾くことができたならば、腕は完全弛緩状態のままで弾けるので、指はよく動き、また腕全体を使って、ありとあらゆる音楽の表現を、自由自在に、呼吸のままにできるようになります。

指先に手の重みをのせて弾く、という弾き方は、完全弛緩ではないのです。

大部分の人は、手や腕の重みを、直接、鍵盤の上にかけて重心移動をし、fを出す、と思っているようです。

それが古い時代の、指先だけのいわうるフィンガーテクニックと、ロマン派以後の、多彩な表現を必要とする重力による奏法との違いである、と思っているようです。

しかし、その腕の重みは、直接指先にかけるのではなく、全部、下へ落してしまってよいのです。

それが、ギーゼキングのいう、歩行の際の腕の状態であり、これが、完全弛緩状態なのです。

これが指先のはたらきを活発にし、呼吸で弾くことのできる腕の状態なのです。

必要な時は腕全体を使ってfが出せ、しかも、タッチから入っているので、音色は心に思うのみ。

それで、指先はその通りに表現してくれるのです。

特に重心移動などといわなくとも、この弛緩状態にある腕が、音の要求どおりに、自然に重心移動をしてくれます。

ピアノの難しさ

メカニックの面においても比類のない巨匠であったリスト。

彼は晩年に、『メカニックからではなく、自己のインスピレーションからテクニックを創造せよ』と、よく言っていたそうです。

その発言は、リストの奏法の秘密を得ようとはるばるワイマールにやってきたピアニストたちを失望させたそうですが、ピアノのむずかしさは、基本の奏法(頭の使い方)が違うと音禁的イメージがそのまま音になってくれないというところにあるのです。

そのため、モーツァルトが最高にむずかしい、ということになってしまうのです。

音楽的イマジネーションがテクニックをつくっていく、とはいっても、それは「音」から入り、つねに音楽を中心においたピアノを学んできた人についてのみの言葉となります。

基本の弾き方を身につければ、音楽的イメージを具体化するのに必要な運動は、頭の命令のまま、肉体(指、腕)がひとりでに見つけてくれます。

しかし、ピアノメトードの中心が、まずメカニックを身につけることにあり、自意識のつくまでにひと通りのメカニックを完成させることを目的としています。

芸術への道はそれ以後、その人の音楽性によって切り開いていく、という考え方にある以上、楽しみながら自分の音楽を組み立てていくという自然な奏法の実現はむずかしいのです。

そのため、現在のピアノ界においては、ほとんどが、メカニックと音楽との2本立てにならざるを得ません。

しかしこのふたつは、奏法上に矛盾があるので、メカニックと音楽との融合がうまくいかず、音楽的なピアノを弾く人が、ひじょうに少なくなってしまうのです。

ピアノを専門に学んできた人々がこのような動きのメトードの弊害から脱出する道・・・。

それは、完全弛緩という腕の状態を認識すること。

また、自らが音への欲求「こういう音を出したい」との願望を切にもち、指を動かして弾くのではなく、頭の命令によって弾く、という、そのことを分らせなければなりません。

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